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セッションs3c
テーマ:アジャイルとエンジニアのポジティブメンタルヘルス、心理的安全性
講師:酒井 卓也 氏(一般社団法人 日本産業カウンセラー協会・株式会社 明電舎)
日時:9/2 10:20~11:30
参加人数:13名(終了時・オンライン) ※現地参加者数は不明
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■自己紹介
●酒井氏について
・1990 明電舎に入社(ソフトウェアエンジニア)
・2009 キャリアチェンジ・環境活動をする部署に異動
・2019 安全衛生に関わる部署に異動 → メンタルヘルス・健康経営の業務に従事
・2022 人事企画に異動
・他に情報処理学会・産業カウンセラー協会などに所属
・昨年、通信制大学(心理学)を学部で卒業
■目次
1.はじめに
2.職場のポジティブメンタルヘルスとは
3.心理的安全性とは
4.アジャイルのプラクティスはエンジニアのストレスを軽減するか
5.参加者同士のディスカッション
6.まとめ
■1.はじめに
●趣旨
○仮説:アジャイルのプラクティスは心理的な健康リスクを下げる
・ストレスチェック制度により、ストレスをデータとしてサーベイ
→ 仮説が比較検証できるようになってきた
・客観的なデータからアジャイルの有効性を検証
・心理的安全性とも関連
○仮説が生まれた背景
・SWEST9の基調講演:平鍋健児 氏
「現場力を高める見える化手法 プロジェクトファシリテーション」
~モチベーションアップのツールと場づくり~
・開発現場の活性化を目的とするアジャイル開発の導入の話
・Q.<酒井氏>カウンセラーの考え方と何か通ずるものがある気がするが、何か参考に
したか?
A.<平鍋氏>そのような指摘は初めて。そういったものも近いかもしれない。
→ アジャイルと心理学には何かしらの接点があるのでは?
・アジャイルは、初めから心理学の手法を意識的に取り入れていた訳ではない
・人間の理に適っていたことで、(試行錯誤の末に)心理学的有効性のある手法に
近づいた
・デュエナ・ブロムストロム(2021)
「心理的安全性とアジャイルー 「人間中心」を貫きパフォーマンスを最大化するデジタル
時代のチームマネジメント」
・技術以前の土台として人間的側面は無視できない
○今回伝えること
① アジャイルと心理的安全性との関連
② 心理的安全性とポジティブメンタルヘルスとの関連
→ アジャイルへの導入の可能性を模索
・全体として、エンジニアのストレス軽減につながる?
■2.職場のポジティブメンタルヘルスとは
●ストレスとは
○材料試験におけるストレスと同じ
・どのくらいのストレスで壊れるか?壊れないようにするにはどうするか?
・ストレス量に応じた2種類のフェーズ
・ストレスに耐え得るフェーズ
・一定量のストレスを境に性質が変わり、破断するまでのフェーズ
・人間の場合もほぼ同様(セリエのストレス学説)
●ストレスチェック
○ストレスチェック体験:参加者15名の傾向
・仕事量が多い
・一生懸命に仕事をしなければいけない
・仕事における自己裁量(順番・やり方…)が大きい
・職場の方針に自分の意見を反映できる
・困ったときに上司が頼りにならない
・上司が個人的な相談を聞いてくれない
・同僚と気軽に話ができない
・困ったときに同僚が頼りにならない
○ストレスチェックの目的
・測定項目(NIOSHの職業ストレスモデルに基づく)
・ストレッサー:仕事の量・仕事に対するコントロール(裁量)
・上司・同僚の支援
・ストレス反応:心身の状態
・最も高ストレスなのは、「仕事の量が多い」かつ「仕事に対するコントロールが低い」
→ コントロールを高めたり、上司・同僚の支援を得たりすると改善される?
・「高ストレス者」は、職場要因・心身のストレス反応に基づいて診断
・上司・同僚の支援とは?
・4つのサポート方法:情緒的・道具的・情報的・評価的
・相手が欲しいサポートを提供すべき(ミスマッチにならないように)
●ポジティブメンタルヘルスに基づいた職場づくり
○ポジティブメンタルヘルスとは
・(不調者だけでなく)健康な労働者にも焦点を当てたアプローチ
・個人の強みやパフォーマンスに着目
○ワーク・エンゲイジメント測定体験:参加者14名の傾向
・仕事をしていると活力がみなぎるように感じる
・朝目が覚めて、さあ仕事に行こう、という気にはならない
・仕事に熱心
・仕事は自分に活力を与える
・仕事に誇りがある
・仕事に没頭しているとき幸せだと感じる
・仕事にのめり込んでいる
・仕事をしているとつい夢中になってしまう
○ワーク・エンゲイジメントとは
・「作業」に対する指標(会社への愛着ではない)
・仕事に対する活力・熱意・没頭がもたらすポジティブな充実感
・ユトレヒト・ ワーク・エンゲイジメント尺度に基づく
・あえて逆境に身を置くことでパフォーマンスを発揮する状況(例:デスマーチ)
→ (矛盾しているようだが)エンジニアの特性の一つ?
○職場への活用
・健康いきいき職場づくりモデル
・仕事の負担(仕事の量や質)・仕事の資源(周囲の支援)・個人の資源(自己啓発)
の確保
●ここまでのQA
Q.<現地参加者>
福祉に興味があるが、福祉にもポジティブメンタルヘルスが応用できそうか?
A.<酒井氏>
(今お話しした)ポジティブメンタルヘルスは「個人」にフォーカスしている。
しかし「負担」「資源」の考え方を社会に対して当てはめると、例えば福祉であれば
負担があったときに、社会でどういった資源を充実させれば支援できるか(という風に
なる)。
困った人たちの集団に対し、「社会資源」の充実と「集団の資源」という考え方で同じように
考えていっても良いのではないか。
そこ(=ポジティブメンタルヘルス)は人間が構成するものなので応用もできるし、
(福祉とも)当然関係がある。
Q.<株式会社日立ハイテク 村松剛 氏(slackより引用)>
メンタルヘルスと業務へのモチベーションは密接な関係があり、よい環境を作るため
カウンセリングのスキルに興味があります。
産業カウンセラー自体はハードルが高いため、その部分要素だけでも習得を目指そうとする
とき、ソフトウェアエンジニアに対して有効な分野や、初学者にオススメな文献などあれば
ご教示いただけませんか。
A.<酒井氏>
過去にSWESTでも取り扱ったが、上司・同僚の4つのサポート(情緒的・道具的・情報的・
評価的)のうち情緒的なサポートのところになるが、「傾聴(人の話を聞く)」のスキルが
一番簡単、というより、難しいがそれなしには成り立たない要素である。
よって、カウンセラーの技法よりも、人の気持ちを察しながら話を聞き、共感して話に
ついていく、そういったところに着目していくと(難しいが)ハードルが低いのではないか。
職場でもよく管理者研修が行われると思うが、ベースになることを知るのが一番良いと思う。
■3.心理的安全性とは
●効果的なチームの条件は?
○プロジェクト・アリストテレス(「全体は部分の総和に勝る」):Google
・心理的安全性という概念が知られたきっかけ
・実は、アリストテレスは「全体は部分の総和に勝る」とは言ってない?(余談)
・ゲシュタルト心理学「部分の総和は全体と異なる」
・部分だけ見た時点では、全体がうまくいくとは限らない
・エイミー・C・エドモントソン(2021)
「恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす」
・有名な心理的安全性の本
・「恐れのない組織」とは、対人関係の不安を最小限に抑え、全体としての
パフォーマンスを最大にできる組織
●心理的安全性尺度
○心理的安全性計測体験:参加者16名の傾向
・自分がミスを犯しても、頻繁に責められることはない
・メンバが問題点を提起することができる
・メンバは、自分たちとは異なる人々を受け入れないことがある
・メンバに容易に助けを求めることができる
・メンバが、自分の努力を踏みにじることはないと思う
・自分の能力はチームで評価され、役立てられている
○心理的安全性とは
・「自分の発言により、罰せられるかもしれないという不安を抱くことが少ない」という
共有された安心感
・4つの対人リスク ← これを軽減するのが目的
・無知・無能・ネガティブ・邪魔 な人間だと思われたくないから○○しない
・「チームの心理的安全性」の4つの因子
・話しやすさ(報告しやすさ)・助け合い・挑戦・新規歓迎
・測定項目(丸山淳市(2019)に基づく)
・チームメンバに対する信頼感
・チームメンバへの支援の求めやすさ
・自分が評価されていると感じるかどうか
■4.アジャイルのプラクティスはエンジニアのストレスを軽減するか
●アジャイルプラクティスと人的要素
○アジャイルプラクティス・リファレンスガイド(2013)
・人的要素が記述されている(ニコニコカレンダー・チーム全体が一つに…)
・ペアプログラミングとも関連がある?
→ データが取れたり、文献が出てきたりしたことで、(冒頭の)仮説の説明性が
より向上するのでは?
■5.参加者同士のディスカッション
●仮説
・アジャイルのプラクティスの実践は、エンジニアの職場の健康リスクを下げる効果がある
のではないか
●議論
・アジャイルのプラクティスで「ポジティブメンタルヘルス」、「心理的安全性」に通ずる
部分にはどのようなものがあるか
・「ポジティブメンタルヘルス」、「心理的安全性」を向上させる考え方の中で、
アジャイルのプラクティスに取り入れたらよいと思われる要素はなにか
●ここまでのQA
感想:<現地参加者の学生>
心理的安全性という言葉を初めて聞き、新しい意味を知れたという意味で貴重な(経験
だった)。また自分で調べて見るなりして、理解を深めていきたいと思った。
Q.<酒井氏>
学生生活で、「4つの対人リスク」に関する心あたりは?
A.<現地参加者の学生>
実際にある。無知だと思われる不安。友達としゃべっていて、知らない箇所をその場で
聞けなくて後から調べる、といった感じ。
<酒井氏>
自分で調べるのも良いが、相手から聞き出すことでより深い情報を得られる。
「自分が格好悪い」というプライドを優先すると損することもある。
デメリットは自分自身の思いだけなので、そこを抑えることができればもっと良いことが
知れたり、自分の活動を充実したりできる。
Q.<芝浦工業大学 久住憲嗣 氏>
心理的安全性を使って学生に指摘しているつもりではあるが、一方で学生同士の関係の醸成は
うまくできていない気がする。
例えば先ほどの本などで、チームメンバに普及していくというか、そういうプラクティスは
紹介されていたりするのか?
A.<酒井氏>
Edmondson(「4つの対人リスク」を提唱)の本にも有用な情報が載っていると思うが、
石井遼介が書いた、「チームの心理的安全性」の4つの因子(2020)は、日本の職場向けに
心理的安全性をどのように醸成すればよいかを紹介している。
その1つは「行動」なので、4つの因子につながるような行動を、行動分析学のようなやり方
(人間が行動すると報酬が得られ、その報酬が強化されていく)で醸成させていこうという
メソッドを紹介する。
学生同士でも(意識的にやらなければいけないと思うが)そういったメソッドになぞらえて、
「これをしなければ具体的にどのようなデメリットがあるか」を皆で共有すると、おそらく
変わってくるのではと思う。
Q.<久住氏>
そういったメソッドを研究室活動の最初の方でやると良いのか?
A.<酒井氏>
そう。
Q.<立命館大学 城千春 氏>
日本人版の心理的安全性(= 「チームの心理的安全性」の4つの因子)について。
チームで活動している以上、先輩・後輩関係があると思うのだが、ライン(= 線引き)のような
ものがあり、(メンバに?)そのラインの範囲までは考慮してほしい(= 仕事をしてほしい?)
と考えている(という前提があるとする)。
さらにラインまでも(= ラインを越えて?)(メンバの言うことを)聞く、つまり、
リーダに頼りすぎてしまうという関係性は、メンバの成長性に関わってくるのではないかと
思っている。
そのあたりの線引き(例:リーダがどれだけ助ければよいか)をお聞きしたい。
A.<酒井氏>
4つの因子の普及の妨げになる理由として、「甘々の組織(= チームの成長を妨げる)」になる
ことへの危惧が挙げられる。
そういった心配をチームに開示し共有できるかが重要。
(例:「自分が助けすぎてチームの成長が止まってしまうと思うが、皆もそう思うか?」と
聞き、率直な意見交換を求める)
できないときは、そうさせる原因は何かについて考えよ。
Q.<立命館大学 水野拓己 氏>
ストレスは職場だけではなくプライベートでも生じる。
そのような類のストレスにも対処できるのが理想だとは思うが、そのような動きはあるのか?
A.<酒井氏>
ストレスの「個人的要因」をどうするかという話。
会社でこのような物を扱えるのか、ということがよく問題になる。
以前は会社とプライベートを線引きしようという考えだったが、切り離して考えられないと
いうことが分かったため、最近は従業員のプライベートを含めてストレスを扱うように
なった。
ただし際限なくというわけにはいかないため、できる範囲までは会社としても対処しようと
いう流れにはなっている。
(昔のように「会社は家族」という風ではなくなってきたため)主に離職者対策として、
このような「個人的要因」に対応できる福利厚生を考えなければならない、という流れに
なってきているのではと思う。
あるいは、個人的なところで対策をするというと、会社以外の資源(= 助けになるもの)を
いくつも用意するという考え(もある)。
■6.まとめ
・アジャイルの話はもう少し整理したい
・「私が自分に、あるがままの自分でいさせてあげることができる時、私はよりよく生きる
ことができるのです」:カール・ロジャース
・自分らしさを発揮できるときがパフォーマンスが最大化
・「居ていいんだよ」というメッセージを出せる組織は心理的安全性が高い
■講演のまとめ
●職場のメンタルヘルスに関する概説・測定体験
○ストレスとは
・ストレスチェックの意義
○ポジティブメンタルヘルス
・個人的なやりがい・強みに着目したアプローチ
・ワーク・エンゲイジメント
○心理的安全性
・4つの対人リスクの軽減
・「チームの心理的安全性」の4つの因子
●仮説「アジャイルのプラクティスは心理的な健康リスクを下げる」への考察
○アジャイルプラクティス・リファレンスガイド
・人的要素の記述
以上