********************************************************************** SWEST/DAS合同基調講演 テーマ:SKYACTIVエンジン開発 講師:人見 光夫 氏(マツダ株式会社 常務執行役員 技術研究所・パワートレイン開発・電気駆動システム開発担当) 日時:2014/8/28 13:20〜14:50 参加人数:約250名 ********************************************************************** ・マツダの紹介  - 単体で従業員数約2万人。拠点は海外にも少しあるがほとんどは広島にいる。 ・ブランド戦略Zoom-Zoom  - 日本語でいうと「ブーブー」という子供言葉。  - 子供の時感じた動くことへの感動を持ち続ける人々に心ときめくドライビング体験。  - 走るということにこだわっている、という意味。 ・広島県山口県の人々に支えられてマツダはいかして頂いているということで、雇用を守るということを重視している。  - 170万台の生産を目標としているがその半分85万台は国内で生産したい。  - 85万台はマツダの規模にしてみれば相当大きい数字で、N社に比べても多いのではないか。 ・非常に苦しい時代を過ごしてきた。  - 90年台バブル崩壊後、倒産寸前に追い込まれる。  - フォードに仕事をいただきなんとか生き延びたが、なかなか調子が上がらず、2000年には初の早期退職者募集。  - その後、Zoom-Zoom戦略を作りかなり改善しつつあったが、   次はフォードの不調がありSKYACTIV開発に対してネガティブな反応をしてきたという背景もある。  - また、だんだんと良くなってきたのに、リーマンショックによる大幅な赤字。   この頃、国内はハイブリッドが注目を集めていたがマツダは何もないじゃないかと叩かれていた。フォードと離れていき始める - なんとか持ち直しつつあったときに、震災や、超円高によってまた赤字。  - ということで4期連続赤字。株価低下。   新しい株を発行し資金調達をしていたが、昨年の3月、赤字ならお金を貸してくれるところはどこにもないというような状態にまでいってしまった。  - そういった背景の中でのSKYACTIV開発であった ・SKYACTIV発表前の世間のマツダに対する評価 - 2005,6年ごろ、ハイブリッドも電気自動車も何もない環境技術に後れを取ったマツダ。 - 内燃機関を重視すると言った発言は、持たざる者の遠吠えだ。 ・SKYACTIV発表後の世間のマツダに対する評価 - なぜハイブリッドや電気自動車でなく内燃機関なのか? - なぜ過給ダウンサイジングをしないのか? →欧米メーカーでは盛ん。排気量を落として性能が落ちる部分は過給することで補う。排気量が小さいから抵抗が少なく、燃費が良い。日本でもこれから増えてくるだろう。 - なぜ今頃日本市場から消え去ったディーゼルをやろうとしたのか?   →国内でディーゼルエンジンのシェアはマツダがNo.1  - 人材的には他社のほうがはるかにいいのになぜマツダにできたのか?(いいものを作ったという意味で) ・これらの疑問に答える形でプレゼンを進めていく - SKYACTIV開発の経緯 - 技術の中身、考え方 - プロセス革新 ・SKYACTIV開発の経緯 - なぜハイブリッドや電気自動車でなく内燃機関を重視するのか? 1年間の新車販売台数の予測を見ると2030年になっても9割が内燃機関で動く自動車(ハイブリッドでない) →内燃機関を重視しないで自動車業界が環境改善に貢献することはありえない。 ハイブリッド車は勘違いされがちだが、ガソリン自動車の仲間。 →ハイブリッドとEVは入れる燃料が違うのだからそこの比較はなんの意味もない。 電気自動車はCO2排出がゼロだとカウントされているが発電時にCO2を排出しているのだからそれは全くおかしい。電気自動車が増えたあとはどうするのか? 原油をとってから車で使用するまでのCO2排出量をデミオ等のガソリン車とEV者を比べると、各国の発電方法によって異なるが、 石炭でたくさん発電している国だとEVでも内燃機関よりたくさんCO2を出している。 内燃機関の改善で十分追いつける、改善の余地は十分にある。 インフラはそう簡単に変えられない EVが環境にいいと言っても本当に一般に普及するのか? 充電時間 →TESLAモータは一日では充電時間が足りない。急速充電は普通比べて17〜18倍電力を消費する。 電気自動車は一日一回必ず充電するであろう。 電気自動車が環境に貢献しようと思ったら全自動車の約半分3千万台が電気自動車になっている必要がある。 しかしそうなってくると充電に今の発電能力の半分くらいが必要になってくる。 発電能力を1.5倍にしないと環境に貢献できるほどEVは使えない。急速充電をしようと思ったら2倍くらいにしなければならない 震災以降原子力発電が減ってきて、CO2を出さない発電方法で発電能力を1.5倍、2倍にできるのか? 個人のユーザが増えない理由  給電に30分待てるのか?  給電スタンド経営は誰がするのか?→1回充電数百円30分では儲からない。  EV車で200km走ると言ったら30km/Lのガソリンエンジンなら7Lで満タンの車と思えばいい→用途が限定されるだろう。 CO2が減るかという問題  確かに今は内燃機関よりいいが内燃機関は追いつける余地がまだある。  電気自動車が環境改善の決め手になるとは思っていない。 ・SKYACTIV開発の経緯  90代初期、バブル崩壊でマツダは倒産しそうになった。  フォードが新しいエンジンの開発という仕事をくれる。  エンジニアはフォードとのエンジン開発にほとんど出向いた。  純粋に先行開発で仕事をしていた人数は30名程度→対してT社は1000人。  この状況でどうやって将来に向けた技術ができるか。  いろんな技術が開発されていた  2012年からヨーロッパのCO2規制が始まる  →これに向けて大幅な改善が必要になり、各社動き出す(HEV、リーンバーン、過給ダウンサイジング、気筒休止、各種可変動弁技術、・・・)  マツダはこれら全てに対応することはできない  - 選択と集中 主要共通課題を見出して、そこに集中する!(特にパワートレイン分野) いろんな課題があるが一つ一つ対応していくにはコストが掛かり過ぎる。 →ボーリングの一番ピンのようなすべてにつながる課題を見つけてそこに集中する。  当時は明日生きるかどうかで、先行開発に人が少なく、ほとんどが商品開発であった。  しかし、商品開発はやると決めたこと。やるときめたことはいかに少ない人間で効率的にやるか、混沌とした将来に向けて多くの人材、頭を使うというのがあるべき姿。  技術開発→人が少ないと何もできない  商品開発→今のことで精いっぱい  こんな状況で先行開発の立場でどうやったか  - 技術開発では 他社のやっていることをやるのではない。 エンジンの究極の姿、理想の姿を見定めてそこに向かってステップを踏んでいこう。そこまでのロードマップを描いてやっていこう。 焦点を定めれば、無駄なくうまいこといく。  - 商品開発では 従来の作ってテストして改善というスタイルで効率が悪かった。 →CAEを駆使した開発(実機による試行錯誤に頼らない開発)に取り組む。 効率化して先行開発に人を回す。  燃費改善技術は山ほどある。  これらは同じことを異なる手段で名前を変えてやっているだけでは?  エンジンの燃費改善とは損失の低減であると考えた。  内燃機関の持つ損失とはなにがあるか?  →排気損失、冷却損失、ポンプ損失、機械抵抗損失  燃費改善とはいかにこれらの損失を減らすかということ以外の何物でもない!  これら4つの損失に対して我々がコントロールできる(制御可能)因子はなにがあるか並べてみる(7つ)  効率改善=制御可能な因子を理想に近づけていく取り組み。  過給ダウンサイジングも2つの制御可能因子をコントロールしようとしているだけ。  7つの制御因子を並べてみて現状を捉える。  理想から遠いものを赤で、近いものを緑で表し、すべての因子を緑に持っていければゴール。  →究極の姿、理想像を描いて制御因子を定める  こうすれば、他社も気にならない、人員が少なくても迷い無し! ・技術的説明  - 世界一高い圧縮比 圧縮比を上げる→燃焼室の容積を小さくする→ノッキングという現象が出るのでみんなやらない。 ノッキング=高温、高圧というストレスにさらされると火炎が到達する前に自己着火→ピストンが溶ける。 点火タイミングをピストンが下がってからにすればノッキングは起きない→しかしトルクが猛烈に落ちる。 普通のエンジンが10,11ところを15の圧縮比でテストしてみた。 圧縮比を上げればトルクが落ちると言ったって、かならずどこかで低下がとまるだろうという考え。 テストした結果、意外とトルクは下がらなかった→低温酸化反応のため点火前に仕事が始まっていた。 探る時は大きく振ってみる!!小さなステップでは発見がない!! 世間の賞賛ポイント; 高圧縮比で低中速トルク大幅向上 燃費性能では競合他社を凌ぐ効率 燃費に関して、過給ダウンサイジングに比べると軽負荷では劣るが、高中負荷では勝る  - モード燃費で税金が決まる ヨーロッパではカタログ燃費を良くするのに、過給ダウンサイジングは都合がいい。 SKYACTIVエンジンはカタログ燃費では過給ダウンサイジングエンジンに劣るが、実用燃費では優っている。 しかし、モード燃費で税金が決まるので軽負荷も改善するしかない  - コスト面 過給ダウンサイジングの方が高価な部品が必要なのでコストは高い。 排気量で税金が決まる。 →実際は排気量が小さいほうが燃費も良くて贅沢ではない。排気量が大きいほうが実用燃費も良くてコストも安い。 なかなか政治が動かない。  - マツダのやり方が他社にも影響を与えている ・なぜ今ごろディーゼルをやろうとしたのか  - 世界一の低圧縮比を目指す→圧縮比の改善がボーリングの一番ピンのようにすべての制御因子に効いて来る。   - なぜディーゼル ヨーロッパでは半分以上ディーゼルエンジン。 国内でディーゼルは悪いイメージがあるが、実際は音も静かで排ガスも綺麗になった。  - 排ガス規制強化の影響 NOX、すすを減らすために →超高圧噴射システム、すすをトラップするフィルタ、燃えた排ガスを再循環させるシステム(温度調整しながらなので高価) EM規制強化のたびに高コスト化 規制が厳しくなるにつれ燃費も犠牲に ガソリンエンジンは僅かなコストで燃費改善 ディーゼルエンジンは排ガス規制のたびにコストを掛けて燃費を犠牲に →ディーゼルエンジンの存在価値がなくなる - SKYACTIVディーゼルは低燃費、低コストを目標に! - なぜ低圧縮比がいいのか? 軽油はガソリンに比べてすぐに火がつく 高温高圧のところに燃料を吹くと、空気と燃料がよく混ざる前に燃焼してしまう 極所高温→NOx 酸素不足→スス 低圧縮比では燃料と空気が良く混ざり、NOx、ススが減少  - 大事なのは膨張比 高圧縮→ピストンが下がってから燃料を吹くので仕事量が小さい→低膨張比 低圧縮→ピストンが一番上で燃料が吹けるので仕事量が大きい→高膨張比 - 低圧縮比→NOx、煤低減&低燃費 - トルク、燃費ともに犠牲なしに開発できた - なぜみんな低圧縮比にしないのか 低温時に不具合があるため →排気VVLで熱い排気を筒内に逆流させて温度を上昇させ、着火性を改善  - ディーゼルは他の市場ではどのあたりにいるか 実用燃費の面でディーゼルならハイブリッドと変わらない 欧州ではディーゼルはハイブリッド以上の実用燃費 ディーゼルエンジンはハイブリッド並みの燃費が出せる! - コストを抑えて、手頃な価格で燃費も走りもいいディーゼルエンジンを開発すれば売れるに決まっているという思いがあった - ボーリングの一番ピンが低圧縮比であった ・なぜ他社も大勢のエンジニアがやっているのにマツダができたのか?  - 制御因子は7つしかないと考えれば困難でもやるしかないと考えられる。 究極の姿、理想像を描いて制御因子を定めれば迷うことは無い他社も気にならない ・次のステップ  - 空気と燃料の比率改善 - 燃費は軽負荷域まで大きく改善したい 軽負荷は自分自身を回すので効率がすごく悪い - ハイブリッド化 減速エネルギーとエンジンの最高効率点で電池を充電し、軽負荷部分を、エンジンを止めてモータで回せば燃費がよくなる →しかし、大きなモータ、バッテリーが必要 マツダが目指すエンジンは減速時にためたエネルギーだけで低負荷部分をカバーして、あとはエンジンでやっていく →モータ、バッテリーも小さくて済む  - 環境に貢献する技術は皆様に手の届く手頃な価格でないといけない 今のハイブリットよりは低コストにできると信じて、まずはエンジンをよくしていきたい  - 内燃機関主体で電気自動車並みのCO2レベルは可能 ・プロセス革新 - CAEを強化して開発プロセスそのものを革新しよう→一体活動でCAE強化に邁進、わずかな先行開発部隊もCAE強化にベクトルをあわせる - 先行開発の人員も増えてきた - 制御因子をモノに結びつける必要がある→全てのつながりをCAE化 CAE主体の開発が可能になった - CAEがなければSKYACTIV開発は不可能だった →従来のエンジンに比べSKYACTIVエンジンは複雑なので、CAEの活用でメカニズムを把握して進めないと実現不可能!! 1Dシミュレーションで十分だった体積効率予測も3Dが必要 - CAEの有用性を感じていなかった設計者、実験者が今ではCAE無しの開発などありえないと感じている - 問題が出た時に依頼を受けて問題解決に役立ったとき最高の達成感を感じていたCAE屋が何事も無く開発を終えることに価値観を感じるようになった - 制御技術者、CAE技術者の地位向上 - モデルベース開発の必要性に対する認識も浸透 - 新技術もCAE&制御モデルとセットで提案という認識 ・一括企画一括開発 - 仕事を生む要素(変更要因)は山ほどあるが、それらを初期段階で抑制 迷わない→roadmapを描く 展開を容易にする→コモンアーキテクチャー、特性・体質を共通化、template開発 CAEを駆使し、2Lと1.3Lのエンジンの特性がおなじになるように工夫→適合が容易に 従来(組み合わせの数だけキャリブレーションが存在) 目指す姿(少数のキャリブレーションを組み合わせ、多彩な商品を実現) 給排気系も構造を統一 やり直しをしない→開発初期段階で品質確保=主要共通機能の強化 個別対応ではダメ、過去の問題等に対してどんな機能がどういうノイズに対して弱点を見せたかという点で整理すると共通のものが見えてくる そこを抑えておけば、まだ見ぬ問題に対しても強いだろう 例:燃費改善、品質問題再発防止に大きく貢献可能なライナー保形性の検討がCAEで可能になった 開発工数、開発期間減少 クレーム額も減少し、品質は大きく改善したといえる ・燃費に関する考察 - 高価なハイブリッド車を買って元が取れるのか? 同じ20%改善でもCO2絶対値への効果は元の燃費値によって大きく変わる →注力すべきは燃費の絶対値が悪いところを如何に引き上げるかである - 無意味なカタログ燃費競争はやめませんか? - 電気自動車普及のために、電気自動車に対して甘いCO2排出量の設定になっている - 1千億円かけて充電器を設置する価値がほんとうにあるのか - 水素ステーション→水素を作るときのCO2は本当に減るのか - 発電方法などにお金をかけるのなら問題ない - エネルギー戦略なしにあれもこれもと取り入れようとすると、いくらでも自動車会社は疲弊する - 排気量で税金を決める必要があるのか - 高価なエコだけの車を買う理由があるのか マツダはエコだけの車は作らない ・結果  - すべてを賭けたSKYACTIVは受け入れられか? - 危機的状況を救えたか? - カーオブザイヤーなどの賞もいくつかもらった 財務状況の悪い会社の受賞は本当に評価されたということ アメリカで高い評価を受ける - 4期続いた赤字も黒字に転じた - デミオで30km/Lからスタートしたが、業界内で内燃機関を見直す動きが一気に広がった - 見向きもされなかった我が社に多数の会社が注目 - 当初は なぜこんな困難な道を行くのか?ばかげているという声がたくさんあった - 今では ・世界一でないと満足できないエンジニアが増えた ・負けているところがあると自主的に調査し改善計画を立てる風土ができつつある ・人の後追いをしている方が安心できる人が多かったが今は独自路線に自信を持つ人が増えた ・できないという人の数が減った 質疑応答 Q1,モデルベース開発の具体例はなにがあるか A1,制御のためだけでなく、CAEの複雑なモデルもモデルであるしそれを制御に使うというところまで、開発全体をモデルで眺めるということで、モデルベース開発とした。  モデル上で車が動き、一つ一つのサブシステムをドッキングしたら車になるという状態を目標にやっている。 Q2,ソフトウェアの開発において工夫された点はあるか A2,アルゴリズムからなにから、完全に新しくして、全体が把握できるように整理した。